Perth Mint パース市街の造幣局・金塊や金貨をみるところ。金の延べ棒の製造実演を見る事ができる

2007⁄06⁄24 21:42 カテゴリー:旅の風景 comment(0) trackback(0)

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帰路(パースからシンガポール経由福岡空港)
パース滞在の1週間も考えると、早いものであった。PM15:55発のシンガポール航空に乗り込む。座席は3人掛けでその中央部の席がシンガポールまでの時間を過ごすところだ。右も左も前も後も外人ばかり。通路側の人は髭をたくわえ、映画で見たイギリス紳士みたいでインテリのような人。物静かで着席するとすぐに本を読み始めた。中身は細かい字で書かれた古い英語の本である。又、機内のヘッドホーンは使わずに自前のものを使っている旅慣れた人である。反対側の窓際の住人はアメリカ人ぽい男性で短パンに帽子・サンダル姿・ウォークマンを聞きながら乗り込んできた。機内サービスが始まるとビール注文して飲む。身体が大きいのでよく飲む、降りるまで何杯も飲んでいた。飛行機がシンガポールに近ずいてきたとき、何かしゃべり掛けてきたが通じないとわかると今度はジェスチャーで表現してきた。どうやら何か飛行機の外で光っているようだ。手を広げたり結んだりしている。又、飛行機の外を覗くように指を動かしている。窓の外を見ると稲妻が光っていた。なぜか、心が通じたような感じがした。飛行機はシンガポール空港に到着。同席したヤンキー兄ちゃんがグッバイと言って別れていった。来るとき一度経験しているので乗り換えも余裕がある。ウインドウショッピングをして回る。無料の按摩機が2台あるところで日本人らしい女性が按摩をしている。疲れてきたので会釈をしながら横に座り、按摩を始めるとジャパニーズと聞こえた。はいと返事をした。ものすごく,安心した気分になる。約6時間日本語を聞いていない、飢えていたのか、日本語の響きが懐かしい。聞けば大阪に3週間程、里帰りしてメルボルンへ帰る途中だと言う。15年程オーストラリヤに住んでいるそうだ。最近はバブルで物価が高くなり住み難いと言い。今は日本の方が暮らしやすいともいっていた。特にメルボルンでは日本人は少ないが、日本食レストランは特に高いそうだ。特に話が弾んだのは風呂の話題。大阪の方も沢山温泉があり。温泉エステ等も安く毎日のように入りに行っていたという。温泉は日本の文化で一番リラックス出来るものの一つであるようだ。この旅行中に1週間はシャワーだけで湯船に肩までつかる事が出来なかったのが唯一欠点だった。乗り換え時間が福岡の便より1時間早かったので彼女は、お元気でと、言いながら別れていった。その後、早めであったがシンガポール航空の福岡行AM1:00発の搭乗口に行った。この便の乗客は今回の旅では一番日本人が多く乗り込んできた。しかし、機内の乗務員は英語しか話さなかった。夜中の飛行であったので機内は薄暗くなっていたが窮屈でなかなか寝ることは出来なかった。途中機内で病人が出たようで機内アナウンスが日本語でお医者さんがいないか尋ねていた。飛行機の中で具合が悪くなると大変である。その後の状況は不明だ。外も明るくなって来て朝食を済ませる。その後は順調に福岡空港へ到着した。1週間だけの日本脱出であったが何かが変わったように思える。
2007⁄06⁄23 21:55 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
パース滞在の1週間も考えると、早いものであった。PM15:55発のシンガポール航空に乗り込む。座席は3人掛けでその中央部の席がシンガポールまでの時間を過ごすところだ。右も左も前も後も外人ばかり。通路側の人は髭をたくわえ、映画で見たイギリス紳士みたいでインテリのような人。物静かで着席するとすぐに本を読み始めた。中身は細かい字で書かれた古い英語の本である。又、機内のヘッドホーンは使わずに自前のものを使っている旅慣れた人である。反対側の窓際の住人はアメリカ人ぽい男性で短パンに帽子・サンダル姿・ウォークマンを聞きながら乗り込んできた。機内サービスが始まるとビール注文して飲む。身体が大きいのでよく飲む、降りるまで何杯も飲んでいた。飛行機がシンガポールに近ずいてきたとき、何かしゃべり掛けてきたが通じないとわかると今度はジェスチャーで表現してきた。どうやら何か飛行機の外で光っているようだ。手を広げたり結んだりしている。又、飛行機の外を覗くように指を動かしている。窓の外を見ると稲妻が光っていた。なぜか、心が通じたような感じがした。飛行機はシンガポール空港に到着。同席したヤンキー兄ちゃんがグッバイと言って別れていった。来るとき一度経験しているので乗り換えも余裕がある。ウインドウショッピングをして回る。無料の按摩機が2台あるところで日本人らしい女性が按摩をしている。疲れてきたので会釈をしながら横に座り、按摩を始めるとジャパニーズと聞こえた。はいと返事をした。ものすごく,安心した気分になる。約6時間日本語を聞いていない、飢えていたのか、日本語の響きが懐かしい。聞けば大阪に3週間程、里帰りしてメルボルンへ帰る途中だと言う。15年程オーストラリヤに住んでいるそうだ。最近はバブルで物価が高くなり住み難いと言い。今は日本の方が暮らしやすいともいっていた。特にメルボルンでは日本人は少ないが、日本食レストランは特に高いそうだ。特に話が弾んだのは風呂の話題。大阪の方も沢山温泉があり。温泉エステ等も安く毎日のように入りに行っていたという。温泉は日本の文化で一番リラックス出来るものの一つであるようだ。この旅行中に1週間はシャワーだけで湯船に肩までつかる事が出来なかったのが唯一欠点だった。乗り換え時間が福岡の便より1時間早かったので彼女は、お元気でと、言いながら別れていった。その後、早めであったがシンガポール航空の福岡行AM1:00発の搭乗口に行った。この便の乗客は今回の旅では一番日本人が多く乗り込んできた。しかし、機内の乗務員は英語しか話さなかった。夜中の飛行であったので機内は薄暗くなっていたが窮屈でなかなか寝ることは出来なかった。途中機内で病人が出たようで機内アナウンスが日本語でお医者さんがいないか尋ねていた。飛行機の中で具合が悪くなると大変である。その後の状況は不明だ。外も明るくなって来て朝食を済ませる。その後は順調に福岡空港へ到着した。1週間だけの日本脱出であったが何かが変わったように思える。
2007⁄06⁄23 21:55 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
7日目(金)
朝食後、kの家の周りを散歩する。道は広く、両側に緑地の外側が歩道、家の敷地もゆったりしている。平屋の建物がほとんどである。車もほとんど通らないところだ。昼食はkが時々お世話になっている日本食レストランへ行き、野菜炒め定食を食べる。パースで十年以上レストランの経営をしている日本人の夫婦の店である。外人が器用に箸で日本食を食べていた。その後、パースの国際線まで車で送って貰う。途中は高速道路であるが日本のように有料道路ではない、無料だ。空港の駐車場は非常に混んでいた。駐車場はさすがに有料だった。手続きのため並んだ。出国カードを記入するように用紙が配られた。これもすべて英語で書かれていたのでkに記入して貰う。名前だけは自分で書く。他はすべてお任せ。今度の旅ほど何も考えずに出発したのは初めてであった。とにかく、食事から行き先・寝る所・話す事すべてお任せであった。いろいろ有難う。いよいよ別れる時が来た。振り返ると涙が出そうになったので元気にしてなと言う事が精一杯で振り返らないで出国検査室へと向かった。15:55シンガポール航空226便に乗り込んだ。
2007⁄06⁄22 21:54 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(0)
朝食後、kの家の周りを散歩する。道は広く、両側に緑地の外側が歩道、家の敷地もゆったりしている。平屋の建物がほとんどである。車もほとんど通らないところだ。昼食はkが時々お世話になっている日本食レストランへ行き、野菜炒め定食を食べる。パースで十年以上レストランの経営をしている日本人の夫婦の店である。外人が器用に箸で日本食を食べていた。その後、パースの国際線まで車で送って貰う。途中は高速道路であるが日本のように有料道路ではない、無料だ。空港の駐車場は非常に混んでいた。駐車場はさすがに有料だった。手続きのため並んだ。出国カードを記入するように用紙が配られた。これもすべて英語で書かれていたのでkに記入して貰う。名前だけは自分で書く。他はすべてお任せ。今度の旅ほど何も考えずに出発したのは初めてであった。とにかく、食事から行き先・寝る所・話す事すべてお任せであった。いろいろ有難う。いよいよ別れる時が来た。振り返ると涙が出そうになったので元気にしてなと言う事が精一杯で振り返らないで出国検査室へと向かった。15:55シンガポール航空226便に乗り込んだ。
2007⁄06⁄22 21:54 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(0)
6日目(木)
明日は帰国の予定、朝はゆっくり起きる。昨日は強行軍であったので今日はゆっくりして過ごす予定。朝食はkの手造りの味噌汁・卵焼き・御飯であった。パソコンで日本にメールを送る。ホテル周辺がバーズウッド公園になっているので散歩する。スワン川の河畔をゆっくり散策、親子で並んで歩くことなど日本では考えられなかった事。又、芝生に寝転がってゆっくり話をすることも楽しい時間であった。しばらく、公園で過ごした後、パース市街に御土産を調達に行くことにする。まずは昼の腹ごしらえをする。中華の飲茶のお店に行った。これも非常に美味かった。又、先日の夜、バスで知り合った楽しく愉快な中華系シンガポリアンの小母さんが窓の外にいて待ち合わせをしていた。お互いに顔を見合わせると向こうも気がついて同じ店に入って来た。又、パワーの有る叔母さんで偶然の出会いを楽しんでいた。食後は土産品店を廻り数個の土産を買い。後はイギリスの雰囲気漂う通り(ロンドンコート)を歩き廻った。夜の予定を考えバースウッドに帰る。
夕食はイタリヤ系のホテルのレストランにて食事をするが注文したスープが思いのほか量が多く、どんぶり一杯のスープであったのでメインの料理はあまり入らなかった、今回の旅の食事で一番不味い(口に合わない)料理であった。今夜はカシノのダンスホールで行われるサルサの初心者の体験がある日である。ホールにいくとkにサルサの友人を紹介された。最初の二人組は片言の日本語を話す外人で、その後に紹介された二人も外人で日本語は通じないと思っていたら、日本から来てパースで看護士をしている若い女性であった。一人は6年、もう一人は2年パースに住んでいるとの事。日本の女性も元気だと思う。体験の時間が来たのでやってみないかと言われてステップをしばらくやっていたが腰が痛くなり、見学に廻った。場内はラテンのリズムでテンポよく、インストラクターの説明も調子いい。体験の時間も終わり、レッスンの時間になった。kがサルサで知り合った人と踊っていたが、なかなかのものでkがリードしているのを感心して見ていた。kのサルサの腕前に脱帽。夜10時過ぎまで見学。
2007⁄06⁄21 21:53 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
明日は帰国の予定、朝はゆっくり起きる。昨日は強行軍であったので今日はゆっくりして過ごす予定。朝食はkの手造りの味噌汁・卵焼き・御飯であった。パソコンで日本にメールを送る。ホテル周辺がバーズウッド公園になっているので散歩する。スワン川の河畔をゆっくり散策、親子で並んで歩くことなど日本では考えられなかった事。又、芝生に寝転がってゆっくり話をすることも楽しい時間であった。しばらく、公園で過ごした後、パース市街に御土産を調達に行くことにする。まずは昼の腹ごしらえをする。中華の飲茶のお店に行った。これも非常に美味かった。又、先日の夜、バスで知り合った楽しく愉快な中華系シンガポリアンの小母さんが窓の外にいて待ち合わせをしていた。お互いに顔を見合わせると向こうも気がついて同じ店に入って来た。又、パワーの有る叔母さんで偶然の出会いを楽しんでいた。食後は土産品店を廻り数個の土産を買い。後はイギリスの雰囲気漂う通り(ロンドンコート)を歩き廻った。夜の予定を考えバースウッドに帰る。
夕食はイタリヤ系のホテルのレストランにて食事をするが注文したスープが思いのほか量が多く、どんぶり一杯のスープであったのでメインの料理はあまり入らなかった、今回の旅の食事で一番不味い(口に合わない)料理であった。今夜はカシノのダンスホールで行われるサルサの初心者の体験がある日である。ホールにいくとkにサルサの友人を紹介された。最初の二人組は片言の日本語を話す外人で、その後に紹介された二人も外人で日本語は通じないと思っていたら、日本から来てパースで看護士をしている若い女性であった。一人は6年、もう一人は2年パースに住んでいるとの事。日本の女性も元気だと思う。体験の時間が来たのでやってみないかと言われてステップをしばらくやっていたが腰が痛くなり、見学に廻った。場内はラテンのリズムでテンポよく、インストラクターの説明も調子いい。体験の時間も終わり、レッスンの時間になった。kがサルサで知り合った人と踊っていたが、なかなかのものでkがリードしているのを感心して見ていた。kのサルサの腕前に脱帽。夜10時過ぎまで見学。
2007⁄06⁄21 21:53 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
5日目(水)
パース4日目、朝早くホテルを出発、パースから4輪駆動のバスに乗り、ピナクルズへ向かう、途中、動物園に立ち寄った。コアラが木の上で寝ている。カンガルーに餌を与えたりして動物と触れ合う。一路ピナクルズへ高速道路を走る、走る、広がる大地を眺めながら車での移動、約3時間強、レストランで昼食と思いきや、バスの運転手がいくつものクーラーボックスを取り出し、食材を次々にテーブルに並べる。バイキング式の昼食であった。パン。果物。野菜色々な物が用意されていて、見た目より美味しかった。食後、更に目的地のピナクルズへ向かってバスは進んだ。途中、風力発電の巨大な風車が沢山並んでいた。他は広大な大地のみ。途中、トイレ休憩で海岸沿いのパーキングにて休憩、広大な海と砂浜を眺めて再出発。いよいよ、ピナクルズに到着、墓石のような形をした奇岩がいたるところに林立している光景は壮観であった。散策をする。ここはハエが顔にたかってくる。ピナクルズは大規模国立公園になっている所である。パースから北250km遠路遥々来た甲斐があった。バスは砂丘下りを行うところへ直行、四駆のバスで来た訳がやっと分かった。最初は砂丘を走るためと思っていたら、勾配が45度くらいあるとおもわれる、高さ20mくらいを砂丘の頂上から下り降りるのであった。1回目、2回目と下り降りた、乗客は悲鳴を上げる。とてもスリリングな30分くらいであった。砂丘下りのあとはスキー板に乗り砂丘を滑る用意がなされていた。年を忘れてみんなが気分爽快にしている。ただ、滑り降りてから上ってくるのがシンドイ。楽しいと、時間の経つのが早い。砂丘を出発する頃は暗くなってきた。一路、パース市内へPM7:30到着でツアー終了。
夕食を市内のイタリヤ系レストランで取る。レストランの中は賑やかで楽しくみんなが食事をしていた。非常に美味かった。今日は約600kmの行程を早朝から駆けていったがオーストラリヤと日本との国土の広さが桁違いに大きいことを感じた一日であった。
2007⁄06⁄20 21:51 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
パース4日目、朝早くホテルを出発、パースから4輪駆動のバスに乗り、ピナクルズへ向かう、途中、動物園に立ち寄った。コアラが木の上で寝ている。カンガルーに餌を与えたりして動物と触れ合う。一路ピナクルズへ高速道路を走る、走る、広がる大地を眺めながら車での移動、約3時間強、レストランで昼食と思いきや、バスの運転手がいくつものクーラーボックスを取り出し、食材を次々にテーブルに並べる。バイキング式の昼食であった。パン。果物。野菜色々な物が用意されていて、見た目より美味しかった。食後、更に目的地のピナクルズへ向かってバスは進んだ。途中、風力発電の巨大な風車が沢山並んでいた。他は広大な大地のみ。途中、トイレ休憩で海岸沿いのパーキングにて休憩、広大な海と砂浜を眺めて再出発。いよいよ、ピナクルズに到着、墓石のような形をした奇岩がいたるところに林立している光景は壮観であった。散策をする。ここはハエが顔にたかってくる。ピナクルズは大規模国立公園になっている所である。パースから北250km遠路遥々来た甲斐があった。バスは砂丘下りを行うところへ直行、四駆のバスで来た訳がやっと分かった。最初は砂丘を走るためと思っていたら、勾配が45度くらいあるとおもわれる、高さ20mくらいを砂丘の頂上から下り降りるのであった。1回目、2回目と下り降りた、乗客は悲鳴を上げる。とてもスリリングな30分くらいであった。砂丘下りのあとはスキー板に乗り砂丘を滑る用意がなされていた。年を忘れてみんなが気分爽快にしている。ただ、滑り降りてから上ってくるのがシンドイ。楽しいと、時間の経つのが早い。砂丘を出発する頃は暗くなってきた。一路、パース市内へPM7:30到着でツアー終了。
夕食を市内のイタリヤ系レストランで取る。レストランの中は賑やかで楽しくみんなが食事をしていた。非常に美味かった。今日は約600kmの行程を早朝から駆けていったがオーストラリヤと日本との国土の広さが桁違いに大きいことを感じた一日であった。
2007⁄06⁄20 21:51 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
4日目(火)
パース3日目。ロットネスト・アイランドへ行く。ホテルからバス、電車を乗り継ぎフリーマントル駅に到着。船着場で乗船までの時間を過ごす。カモメが多いテラスで食事をしていた人がパンを残して立ち去ったと同時にカモメがパンを片付けにやってきた。船着場は木造で造られた年期の入った桟橋である何か昔に戻ったような感じの古い桟橋である。いよいよ船に乗り込む。約30分の船旅である。天気は多少雲が広がり、雨の心配は無いものの、いまひとつの天気である。海はきれいなコバルトブルーで波も無く順調にロットネストに到着、南のリゾート地という感じ。海の風も心地よい。申し込んでいる島内一周のバスツアーは午後からである。船着場周辺を散策。一軒の家に入るとそこは昔、塩の倉庫であったところ、中を見学する.中には昔の写真等が展示してあった。帰り際に、中にいた管理人と思える人から話しかけられる。kがジャパンと答え、何か会話している。最後はエンジョイと聞こえた。ここにも日本人が多数訪れている様だ。この島にはクオッカという有袋類の動物が唯一生息している所である。今日はまだ寒いせいかこの近辺は見当たらない。オランダ人の探検家がこの島に住む小動物クオッカ(Quokka)をネズミだと思い、「ロットネスト(ネズミの巣)」だと呼んだことから。英語ではネズミはラットだが、オランダ語ではロットなのでロットネストと発音されている。それがロットネスト・アイランドの名前の由来になっている。時間をあったので、土産物屋を見て廻る。昼近くなったのでツアーに含まれている食事をしにチケットに書かれた店に行った。大きなハンバーガーが出されたがパサパサとしたえさの様であったが何とか全部たべた。その頃になると温度も上がり、雲もとれて晴れてきた、レストランの客の足元まで1頭のクオッカが人なつっこく動き回っていた。又、孔雀も出てきた、二羽が人の近くまで来てえさを食べにきていた。昼食後、島内一周バスツアーに参加、バスの運転手が英語で色々と説明をしてくれる。日本ではガイドは別に付くのが普通で運転手は運転に専念しているが、運転よりガイドの方が忙しいようにみえる。最初の地点はクオッカがいつも居ると言う場所で見学の後、車は海岸線を走り続ける。海岸の海の色は何処までも青く波は白い、また、砂浜も真っ白くて素晴らしい景色の連続であった。中間地点で島に2つある灯台の1つで休憩、小高い所から島内を見渡せる、遠くにパース市内も眺める、バスはまた海岸線を走る。最西端に到着、島の最西端でインド洋に面したところのパーキング、この先にインドやアフリカ大陸があると思うと遠方まで来た事をあらためて感じる。何処までも続く水平線、きれいな海の色、打ち寄せる波の白さ、インド洋を背に記念撮影をする。帰りもまた海岸線を巡ってバスツアーを終了。予定より30分早いが帰りの船に乗る、キップの時間は別の便だったがなにもなく通過、それが失敗のもと、舟が港に着いたので舟を降りる、ところが来る時乗った場所とは違う場所である。気が付いた時はすでに遅く舟は出航してしまっていた。バス、電車まではかなり遠いようだ。港の作業員に相談するとタクシーを呼んでくれるようだ。ところがタクシーも来ないようだ。結局、車で一番近い駅まで送ってくれた。感謝。感謝。一難去って、又、一難、小銭が無いのに気づいた。駅は無人駅である。小銭がないとキップが買えない。近くにはお店も無い、勿論、自動販売機など勿論ないところだ。しかたがないので近くの画廊へ飛び入りで訪ね、両替をしてもらう。ようやく、バーズウッド駅へ辿り着いた。カシノ施設内の中華レストランで夕食をとる。中華はメニューに漢字が併記してあるので中身は多少分かるがkにおまかせ。出てきたものはエビチリ他、非常に美味しかった。後は会計。高級感漂うところであったので、いくらになっているのか多少気がかりである。なんと二人で7000円。これは絶対安い、又行きたいと思うところであった。今日の予定はこれで終了。明日はピナクルズツアーで早朝AM5:50起床予定。
2007⁄06⁄19 21:49 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
パース3日目。ロットネスト・アイランドへ行く。ホテルからバス、電車を乗り継ぎフリーマントル駅に到着。船着場で乗船までの時間を過ごす。カモメが多いテラスで食事をしていた人がパンを残して立ち去ったと同時にカモメがパンを片付けにやってきた。船着場は木造で造られた年期の入った桟橋である何か昔に戻ったような感じの古い桟橋である。いよいよ船に乗り込む。約30分の船旅である。天気は多少雲が広がり、雨の心配は無いものの、いまひとつの天気である。海はきれいなコバルトブルーで波も無く順調にロットネストに到着、南のリゾート地という感じ。海の風も心地よい。申し込んでいる島内一周のバスツアーは午後からである。船着場周辺を散策。一軒の家に入るとそこは昔、塩の倉庫であったところ、中を見学する.中には昔の写真等が展示してあった。帰り際に、中にいた管理人と思える人から話しかけられる。kがジャパンと答え、何か会話している。最後はエンジョイと聞こえた。ここにも日本人が多数訪れている様だ。この島にはクオッカという有袋類の動物が唯一生息している所である。今日はまだ寒いせいかこの近辺は見当たらない。オランダ人の探検家がこの島に住む小動物クオッカ(Quokka)をネズミだと思い、「ロットネスト(ネズミの巣)」だと呼んだことから。英語ではネズミはラットだが、オランダ語ではロットなのでロットネストと発音されている。それがロットネスト・アイランドの名前の由来になっている。時間をあったので、土産物屋を見て廻る。昼近くなったのでツアーに含まれている食事をしにチケットに書かれた店に行った。大きなハンバーガーが出されたがパサパサとしたえさの様であったが何とか全部たべた。その頃になると温度も上がり、雲もとれて晴れてきた、レストランの客の足元まで1頭のクオッカが人なつっこく動き回っていた。又、孔雀も出てきた、二羽が人の近くまで来てえさを食べにきていた。昼食後、島内一周バスツアーに参加、バスの運転手が英語で色々と説明をしてくれる。日本ではガイドは別に付くのが普通で運転手は運転に専念しているが、運転よりガイドの方が忙しいようにみえる。最初の地点はクオッカがいつも居ると言う場所で見学の後、車は海岸線を走り続ける。海岸の海の色は何処までも青く波は白い、また、砂浜も真っ白くて素晴らしい景色の連続であった。中間地点で島に2つある灯台の1つで休憩、小高い所から島内を見渡せる、遠くにパース市内も眺める、バスはまた海岸線を走る。最西端に到着、島の最西端でインド洋に面したところのパーキング、この先にインドやアフリカ大陸があると思うと遠方まで来た事をあらためて感じる。何処までも続く水平線、きれいな海の色、打ち寄せる波の白さ、インド洋を背に記念撮影をする。帰りもまた海岸線を巡ってバスツアーを終了。予定より30分早いが帰りの船に乗る、キップの時間は別の便だったがなにもなく通過、それが失敗のもと、舟が港に着いたので舟を降りる、ところが来る時乗った場所とは違う場所である。気が付いた時はすでに遅く舟は出航してしまっていた。バス、電車まではかなり遠いようだ。港の作業員に相談するとタクシーを呼んでくれるようだ。ところがタクシーも来ないようだ。結局、車で一番近い駅まで送ってくれた。感謝。感謝。一難去って、又、一難、小銭が無いのに気づいた。駅は無人駅である。小銭がないとキップが買えない。近くにはお店も無い、勿論、自動販売機など勿論ないところだ。しかたがないので近くの画廊へ飛び入りで訪ね、両替をしてもらう。ようやく、バーズウッド駅へ辿り着いた。カシノ施設内の中華レストランで夕食をとる。中華はメニューに漢字が併記してあるので中身は多少分かるがkにおまかせ。出てきたものはエビチリ他、非常に美味しかった。後は会計。高級感漂うところであったので、いくらになっているのか多少気がかりである。なんと二人で7000円。これは絶対安い、又行きたいと思うところであった。今日の予定はこれで終了。明日はピナクルズツアーで早朝AM5:50起床予定。
2007⁄06⁄19 21:49 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
3日目(月)
パース2日目、例のごとくカシノで簡単な朝食後、バスで駅まで電車でパースまで。パース市街の造幣局の見学、金塊や金貨をみる。金の延べ棒の製造実演を見る。造幣局はイギリスの建築用紙区で左右対称に造られている。玄関の扉は最初1つであったが、職人と同じ入り口から出入りするのは示しがつかないと言う事で、左側に管理者の出口として造られたそうだ。身分制度があったことを痛感した。Perth Mint (パース造幣局)を後にして昼食をとることにする。街中を歩き、知り合いのベトナム料理店にて昼食。また、市内を歩き回ったので足・腰が痛くなった。食事後、又、歩いてバス停まで戻り、キングスパークまで無料バスに乗り、パースの中心部が一望できる公園に行った。園内は第一次大戦で亡くなった軍人さん等の慰霊塔が設置されている。緑が豊かでパースは秋という事を忘れさせるような大きな公園であった。今日はここでのんびりさせてもらった。
夜はkの家(シェアハウス)にて手料理を食べさせて貰った。なかなかの手際よさの料理で味もまあまあであった。こちらへきて箸をつかった日本食。その後シェアハウスで住んでいる同居人というのか同じ屋根の下で5人が住んでいる。中国人とアイルランド人である。男の中国人2人組は語学留学中で、後にパースの大学に進学するという。1人の男親が日本に行った事があるようで挨拶のおはよう、有難う等の言葉が判るようだ。又、食事の後、西瓜を持ってきて一緒に食べようと言ってくれた。なかなかの好青年であった。西瓜。南瓜、東瓜と中国の字は日本と同じで話がはずんだ。別の同居人はアイルランド人だ。アイルランドから来ている女性二人組である。学校を卒業して5年程働いた後、今回、オーストラリヤを1年かけて一周する予定と言う。最初にパースに3ヶ月滞在する。30歳前の女性二人がいろんなことを経験する為、住み慣れた母国を離れて、1年以上も旅して経験して今後の為にするという考え、“すごい”の一言につきる。(欧米ではよくある考え方らしいが)ただ、この内容はkが通訳してくれた事で判ったことで、英語という共通語を話せる事をうらやましく、又、たいしたものだと感心するばかり。シェアハウスは日本の家屋と違い、入り口の戸を開けるとテレビとソファーが二つある部屋、kの部屋にはベッドと押入れだけがある粗末なところという感想である。こんなところで生活をしてゆくことが出来るならばどこに行っても大丈夫と思えた。
夜。ホテルのテレビで日本のNHKが放送されているのが分かり、チャンネルを合わせてみると日本語放送が、日本の番組が放送されていた。東京都内のホテルに滞在しているかのような錯覚に陥った。明日はロットネスト・アイランドへ行く予定。就寝。
2007⁄06⁄18 21:44 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(1)
パース2日目、例のごとくカシノで簡単な朝食後、バスで駅まで電車でパースまで。パース市街の造幣局の見学、金塊や金貨をみる。金の延べ棒の製造実演を見る。造幣局はイギリスの建築用紙区で左右対称に造られている。玄関の扉は最初1つであったが、職人と同じ入り口から出入りするのは示しがつかないと言う事で、左側に管理者の出口として造られたそうだ。身分制度があったことを痛感した。Perth Mint (パース造幣局)を後にして昼食をとることにする。街中を歩き、知り合いのベトナム料理店にて昼食。また、市内を歩き回ったので足・腰が痛くなった。食事後、又、歩いてバス停まで戻り、キングスパークまで無料バスに乗り、パースの中心部が一望できる公園に行った。園内は第一次大戦で亡くなった軍人さん等の慰霊塔が設置されている。緑が豊かでパースは秋という事を忘れさせるような大きな公園であった。今日はここでのんびりさせてもらった。
夜はkの家(シェアハウス)にて手料理を食べさせて貰った。なかなかの手際よさの料理で味もまあまあであった。こちらへきて箸をつかった日本食。その後シェアハウスで住んでいる同居人というのか同じ屋根の下で5人が住んでいる。中国人とアイルランド人である。男の中国人2人組は語学留学中で、後にパースの大学に進学するという。1人の男親が日本に行った事があるようで挨拶のおはよう、有難う等の言葉が判るようだ。又、食事の後、西瓜を持ってきて一緒に食べようと言ってくれた。なかなかの好青年であった。西瓜。南瓜、東瓜と中国の字は日本と同じで話がはずんだ。別の同居人はアイルランド人だ。アイルランドから来ている女性二人組である。学校を卒業して5年程働いた後、今回、オーストラリヤを1年かけて一周する予定と言う。最初にパースに3ヶ月滞在する。30歳前の女性二人がいろんなことを経験する為、住み慣れた母国を離れて、1年以上も旅して経験して今後の為にするという考え、“すごい”の一言につきる。(欧米ではよくある考え方らしいが)ただ、この内容はkが通訳してくれた事で判ったことで、英語という共通語を話せる事をうらやましく、又、たいしたものだと感心するばかり。シェアハウスは日本の家屋と違い、入り口の戸を開けるとテレビとソファーが二つある部屋、kの部屋にはベッドと押入れだけがある粗末なところという感想である。こんなところで生活をしてゆくことが出来るならばどこに行っても大丈夫と思えた。
夜。ホテルのテレビで日本のNHKが放送されているのが分かり、チャンネルを合わせてみると日本語放送が、日本の番組が放送されていた。東京都内のホテルに滞在しているかのような錯覚に陥った。明日はロットネスト・アイランドへ行く予定。就寝。
2007⁄06⁄18 21:44 カテゴリー:未分類 comment(0) trackback(1)
2日目(日) パース1日目(後半) フリーマントルへ
海の博物館を見学してまわる。昔の船やヨット等が色々展示してある。近くには潜水艦の中を見せるところもあった。ツアーも有ったが外から眺めるだけにした。潜水艦に中は狭くて息苦しいところのような気がした。次は海岸線に行き、パースにきて初めて海を見る。さすがにきれいである。
こちらは日本と反対なので秋という時期なので海水浴客はいなかったが小さな子供が一人裸で遊んで楽しんでいた。その後、市場を見てまわる。ここは有名なフリーマーケットなどがあり、なかなか繁盛していて活気のある町である。
果物は日本にあるリンゴ・ブドウ等いろんな物が並んでいた。店の人も色々な人種がいてみんな愛想が良い。ブドウをひとつ買う。店の人は英語を話せないようだが隣の若い女の人が通訳してくれた。支払いが済んでから、ジャパニーズとさらに話しかけて来た言葉は分からなくても話しかけられる事で楽しくなる。
通りを散策して昼食、イタリヤ料理が美味しそうなレストランがあった。大変、混雑していたがそこで昼食をすることにした。ムール貝料理・パン他を注文した。隣の人が美味しそうに食べていたので同じものを注文。非常に美味い。だが、量も多く2人では食べきらないので持ち帰り、(オーストラリヤではテイクアウェイと言う)にする。
こちらではテイクアウトは普通に用意してくれるようだ。次は昔の刑務所を見学することにした。案内人がつきユーモアを交えながら説明をしているようだが内容は判らない。日本人用に解説テープが用意されていたのを聞きながら一緒に回る。
この頃から足がパンパンに張り始め腰も痛くなる。日頃の運動不足の影響が出てきた。フリーマントルの駅まで歯を食いしばり歩く。帰りはパース市内まで電車に乗り帰る。
夜は長年、パースに住んでいるO家族一家と日本から来ているkの友人ら7人で焼肉レストランにて会食、ワインを飲みながら楽しい会話が弾む。パースに来て日本語で自分の思いが伝えられることが何とすばらしいことか。
O家では母と子供は母が日本語で言えば返事は英語、子供同士は英語での会話、非常に仲の良い家族である。楽しい時間であったので昼間の疲れは感じない時であった。会食後、車でホテルまで送って貰う。パース1日目が終わる。
2007⁄06⁄17 21:02 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
海の博物館を見学してまわる。昔の船やヨット等が色々展示してある。近くには潜水艦の中を見せるところもあった。ツアーも有ったが外から眺めるだけにした。潜水艦に中は狭くて息苦しいところのような気がした。次は海岸線に行き、パースにきて初めて海を見る。さすがにきれいである。
こちらは日本と反対なので秋という時期なので海水浴客はいなかったが小さな子供が一人裸で遊んで楽しんでいた。その後、市場を見てまわる。ここは有名なフリーマーケットなどがあり、なかなか繁盛していて活気のある町である。
果物は日本にあるリンゴ・ブドウ等いろんな物が並んでいた。店の人も色々な人種がいてみんな愛想が良い。ブドウをひとつ買う。店の人は英語を話せないようだが隣の若い女の人が通訳してくれた。支払いが済んでから、ジャパニーズとさらに話しかけて来た言葉は分からなくても話しかけられる事で楽しくなる。
通りを散策して昼食、イタリヤ料理が美味しそうなレストランがあった。大変、混雑していたがそこで昼食をすることにした。ムール貝料理・パン他を注文した。隣の人が美味しそうに食べていたので同じものを注文。非常に美味い。だが、量も多く2人では食べきらないので持ち帰り、(オーストラリヤではテイクアウェイと言う)にする。
こちらではテイクアウトは普通に用意してくれるようだ。次は昔の刑務所を見学することにした。案内人がつきユーモアを交えながら説明をしているようだが内容は判らない。日本人用に解説テープが用意されていたのを聞きながら一緒に回る。
この頃から足がパンパンに張り始め腰も痛くなる。日頃の運動不足の影響が出てきた。フリーマントルの駅まで歯を食いしばり歩く。帰りはパース市内まで電車に乗り帰る。
夜は長年、パースに住んでいるO家族一家と日本から来ているkの友人ら7人で焼肉レストランにて会食、ワインを飲みながら楽しい会話が弾む。パースに来て日本語で自分の思いが伝えられることが何とすばらしいことか。
O家では母と子供は母が日本語で言えば返事は英語、子供同士は英語での会話、非常に仲の良い家族である。楽しい時間であったので昼間の疲れは感じない時であった。会食後、車でホテルまで送って貰う。パース1日目が終わる。
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2日目(日) パース1日目フリーマントル(古い港町)へ
パース1日目が始まる、ホテルの部屋までkが迎えに来る。連れられてカシノ(日本語ではカジノ)へ、VIPルームへ、聞けば会員と言う。重厚な扉が開いて中へ、大きなソァーに腰掛ける。簡単な朝食、パンと飲み物が運ばれてきた。カシノの中(VIPルーム)の食べ物や飲み物はすべてただとの事。ゆっくりとした時間を過ごす。高級な雰囲気の処である。
その後、カシノから連絡バスにて電車の駅へ向かう。パース駅へ電車で向かう。駅でバスに乗り換え、乗り合いバスに乗車、ここからフリーマントル(古い港町)へ。バスは2台を繋いだバスである。
乗車券先払いとの事であったが日曜日のせいか客が非常に多い。パースでは休みの日はフリーマントル等は混む事が多いそうだ。料金は払わずにみんなが乗り込む。無賃乗車だ。
こちらではたまにあるそうだ。バス停であらかじめ買ってきた人達以外は無料でフリーマントルまで乗ってきた。しかし、バスの運転手は非常に荒い。もたもたしていると倒れるようだ。それでもなんとか到着。
フリーマントルは南極探検隊の最後の補給基地でも有名で日本の観測船しらせの寄航したところである。
2007⁄06⁄16 21:57 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
パース1日目が始まる、ホテルの部屋までkが迎えに来る。連れられてカシノ(日本語ではカジノ)へ、VIPルームへ、聞けば会員と言う。重厚な扉が開いて中へ、大きなソァーに腰掛ける。簡単な朝食、パンと飲み物が運ばれてきた。カシノの中(VIPルーム)の食べ物や飲み物はすべてただとの事。ゆっくりとした時間を過ごす。高級な雰囲気の処である。
その後、カシノから連絡バスにて電車の駅へ向かう。パース駅へ電車で向かう。駅でバスに乗り換え、乗り合いバスに乗車、ここからフリーマントル(古い港町)へ。バスは2台を繋いだバスである。
乗車券先払いとの事であったが日曜日のせいか客が非常に多い。パースでは休みの日はフリーマントル等は混む事が多いそうだ。料金は払わずにみんなが乗り込む。無賃乗車だ。
こちらではたまにあるそうだ。バス停であらかじめ買ってきた人達以外は無料でフリーマントルまで乗ってきた。しかし、バスの運転手は非常に荒い。もたもたしていると倒れるようだ。それでもなんとか到着。
フリーマントルは南極探検隊の最後の補給基地でも有名で日本の観測船しらせの寄航したところである。
2007⁄06⁄16 21:57 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
1日目(土) 後半シンガポールかパース空港まで
乗換えの為、2Fフロアーをみんなについて歩く。大勢の人が行くのについて行く。案内看板に乗換という表示が漢字で表示してあるので安心して流れに乗って進んだ。ところが免税の土産店が多い場所に来てからは今までいた人々がチリヂリバラバラになってしまった。
さて、どうしたものか、乗り換えの時間はまだ3時間以上あるので、しばらくは言葉の通じる人を捜す。が、なかなか、見当たらない、顔は日本人に見えるが話す言葉が違う。シンガポール空港には日本人が多いので心配ないと言うことであったが、なかなか捜せない。そうこうしている内に福岡空港から乗ってきたシンガポール航空の乗務員の一行が通りかかった。一人は飲み物を配ってくれた人、見覚えがある。向こうも分かってくれてニコニコ笑顔である。搭乗券を提示すると言葉は通じないものの、フロアーの案内掲示板の前まで連れて行き、乗り換えのゲート番号を調べて番号E11と教えてくれた。するとどこから現れたのか今度は同じシンガポール航空の日本人乗務員も来てくれて、今度は日本語で丁寧に説明をしてくれた。これで乗る場所。時間も確実になり大安心、乗り換えフロアーをゆっくり見て回ることが出来た。
無料のインターネットが各所に設置してあるのを利用して日本にメールを送る。メールをするにあたっては、かわいい黒人の女の子がインターネットで遊んでいたが、
私は周りのパソコンが使用中だったので空くのを待っていたが、多分、英語だろうと思うが話しかけて来た。中身は分からないがこれを使いなさいという事のようだ、連れられてパソコンの前に行くと、横でパソコンを使うまで見ていたが動かし始めると納得したようである。小さな親切に出会った。シンガポール航空の乗務員の方から教えて頂いたゲートから無事に待合室へ、
荷物検査も福岡空港で一度経験していたので今度は楽々通過。待合室でリラックス、周りはさすがに色々な人種。白人、黒人、黄色人がソファーに座ってのんびりしている。夫婦に見える人たちや家族連れが多い。団体はいないと思っていたら、
一組の日本人ツアー客が入って来る。おばちゃんの十数人のグループ、それまでフロアーがにぎやかと言うか俄然騒がしくなった。シンガポール発18:30乗り換えも何とか無事にパースへ向けて飛行機が飛び立った。機内の左右とも外人?自分が外人なのか。機内では日本語は無し。
福岡からシンガポール間で慣れたので食事も飲み物もすべて順調。が、緊張しているのかパースまでの5時間あまりが短く感じられた、順調に飛行機はパースに到着。降りて出国カウンターに行くと右と左のレーンに分かれる。左の方が多い様なのでパスポートを手に順に並んでいると遠くから大声で呼びかけている。自分に話し掛けているのではないと思い無視しているとさらに大声になる。それで私を指さしているみたい。このレーンに並ぶのは間違いと言っているようだ。
パスポートをみて、間違っていると言ってくれていたのである。右のレーンに並び直したら何事も無いようにしていた。オージーの親切なおじさんであった。関門通過。続いて荷物検査、福岡空港でビニール袋に入れた、歯磨き粉と土産にと用意した柚子こしょうを検査官に見せる。歯磨き粉にはなにもアクション無し。柚子こしょうを手に取り、何か言葉をかけてくる。行く前にレクチャーを受けたジャパニーズシーゾニングが出てこない。検査官がワサビ・ワサビという。頷くとOKと言っているようだ。何とか無事にここも通過。
最後の扉が自動に開く、その先にkの姿が見えた。大安心 何か輝いているように見えた。とうとう、パースに到着。日本から約8000km離れた土地にたどり着いた。着いてみれば緊張の連続でアッという間出来事のようである。すぐさま、迎えの車でホテルに向かいチェックイン手続き、これもkがすべて処理してくれ、部屋まで連れて行ってくれた。夜中1時過ぎ、今日はそのままベッドに横たわる。
2007⁄06⁄15 21:52 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
乗換えの為、2Fフロアーをみんなについて歩く。大勢の人が行くのについて行く。案内看板に乗換という表示が漢字で表示してあるので安心して流れに乗って進んだ。ところが免税の土産店が多い場所に来てからは今までいた人々がチリヂリバラバラになってしまった。
さて、どうしたものか、乗り換えの時間はまだ3時間以上あるので、しばらくは言葉の通じる人を捜す。が、なかなか、見当たらない、顔は日本人に見えるが話す言葉が違う。シンガポール空港には日本人が多いので心配ないと言うことであったが、なかなか捜せない。そうこうしている内に福岡空港から乗ってきたシンガポール航空の乗務員の一行が通りかかった。一人は飲み物を配ってくれた人、見覚えがある。向こうも分かってくれてニコニコ笑顔である。搭乗券を提示すると言葉は通じないものの、フロアーの案内掲示板の前まで連れて行き、乗り換えのゲート番号を調べて番号E11と教えてくれた。するとどこから現れたのか今度は同じシンガポール航空の日本人乗務員も来てくれて、今度は日本語で丁寧に説明をしてくれた。これで乗る場所。時間も確実になり大安心、乗り換えフロアーをゆっくり見て回ることが出来た。
無料のインターネットが各所に設置してあるのを利用して日本にメールを送る。メールをするにあたっては、かわいい黒人の女の子がインターネットで遊んでいたが、
私は周りのパソコンが使用中だったので空くのを待っていたが、多分、英語だろうと思うが話しかけて来た。中身は分からないがこれを使いなさいという事のようだ、連れられてパソコンの前に行くと、横でパソコンを使うまで見ていたが動かし始めると納得したようである。小さな親切に出会った。シンガポール航空の乗務員の方から教えて頂いたゲートから無事に待合室へ、
荷物検査も福岡空港で一度経験していたので今度は楽々通過。待合室でリラックス、周りはさすがに色々な人種。白人、黒人、黄色人がソファーに座ってのんびりしている。夫婦に見える人たちや家族連れが多い。団体はいないと思っていたら、
一組の日本人ツアー客が入って来る。おばちゃんの十数人のグループ、それまでフロアーがにぎやかと言うか俄然騒がしくなった。シンガポール発18:30乗り換えも何とか無事にパースへ向けて飛行機が飛び立った。機内の左右とも外人?自分が外人なのか。機内では日本語は無し。
福岡からシンガポール間で慣れたので食事も飲み物もすべて順調。が、緊張しているのかパースまでの5時間あまりが短く感じられた、順調に飛行機はパースに到着。降りて出国カウンターに行くと右と左のレーンに分かれる。左の方が多い様なのでパスポートを手に順に並んでいると遠くから大声で呼びかけている。自分に話し掛けているのではないと思い無視しているとさらに大声になる。それで私を指さしているみたい。このレーンに並ぶのは間違いと言っているようだ。
パスポートをみて、間違っていると言ってくれていたのである。右のレーンに並び直したら何事も無いようにしていた。オージーの親切なおじさんであった。関門通過。続いて荷物検査、福岡空港でビニール袋に入れた、歯磨き粉と土産にと用意した柚子こしょうを検査官に見せる。歯磨き粉にはなにもアクション無し。柚子こしょうを手に取り、何か言葉をかけてくる。行く前にレクチャーを受けたジャパニーズシーゾニングが出てこない。検査官がワサビ・ワサビという。頷くとOKと言っているようだ。何とか無事にここも通過。
最後の扉が自動に開く、その先にkの姿が見えた。大安心 何か輝いているように見えた。とうとう、パースに到着。日本から約8000km離れた土地にたどり着いた。着いてみれば緊張の連続でアッという間出来事のようである。すぐさま、迎えの車でホテルに向かいチェックイン手続き、これもkがすべて処理してくれ、部屋まで連れて行ってくれた。夜中1時過ぎ、今日はそのままベッドに横たわる。
2007⁄06⁄15 21:52 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
1日目(土)(前編)福岡空港からシンガポール空港
いよいよ出発、福岡空港10:30分発で出国の為、早めに空港到着。AM8:00手荷物検査でいきなりトラブル、先日、kを同じオーストラリヤに行くのを見送りした時は、焼酎をキャリーバッグに入れ替えさせられたので、重い物をリュックに入れたのに、今回はキャリーバッグに入れるようにとの事。早速、ロビーで詰め替え、タオルに巻いての荷造りし直し、又、練り状のものはビニール袋に入れなければならなかったが、ゲートで金属探知機に3度も通過しても許可がでなかったがなんとか最初の関門は通過、中の待合所に入る。飛行機に乗るまでの時間がなぜか落着かない。あっちうろうろ、こっちうろうろした。
ようやく、搭乗時間がきて、ゲートが開き、早速、機内へ、入り口で乗務員がお出迎えしている。中の一人の名前札に日本語の表示してあるのが見えた。なぜかホッとする。背中のリュックを荷物棚に入れ、シートに着席。いよいよ、飛行機が離陸を始める。しばし、日本との別れ、シートベルトのサインが消えると客室乗務員がお絞りを配る。続いて、飲み物を英語で尋ねてきた。
早速の試練、こちらが英語を聞き取れないとわかると口調がゆっくりになった。ジュースorティーと聞こえたので、ジュースと言ったら、今度はオレンジ、アポー(アップル)と聞こえたのでオレンジと答えると黄色の飲み物をコップに注いで手渡してくれた。紛れも無くオレンジジュースであった。その後、数回飲み物を配ってくれたが、オレンジジュースとアップルジュースを頼むのが精一杯でワゴンの上には、色々な飲物が用意されていたが・・・。今度は機内食の時間、またまた何を言っているのは判らない、しかし、ゆっくりと話してくれるとチキンorフィッシュと聞こえる様に成り、フィッシュを頼み、頂く事が出来た。
機内で英語のアナウンスで最後サンキューと言う言葉だけしか聞き取れない自分が情けなくなる。
しかし、時間は間違いなく進み、飛行機はシンガポール空港に15:30到着。
2007⁄06⁄14 22:47 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
いよいよ出発、福岡空港10:30分発で出国の為、早めに空港到着。AM8:00手荷物検査でいきなりトラブル、先日、kを同じオーストラリヤに行くのを見送りした時は、焼酎をキャリーバッグに入れ替えさせられたので、重い物をリュックに入れたのに、今回はキャリーバッグに入れるようにとの事。早速、ロビーで詰め替え、タオルに巻いての荷造りし直し、又、練り状のものはビニール袋に入れなければならなかったが、ゲートで金属探知機に3度も通過しても許可がでなかったがなんとか最初の関門は通過、中の待合所に入る。飛行機に乗るまでの時間がなぜか落着かない。あっちうろうろ、こっちうろうろした。
ようやく、搭乗時間がきて、ゲートが開き、早速、機内へ、入り口で乗務員がお出迎えしている。中の一人の名前札に日本語の表示してあるのが見えた。なぜかホッとする。背中のリュックを荷物棚に入れ、シートに着席。いよいよ、飛行機が離陸を始める。しばし、日本との別れ、シートベルトのサインが消えると客室乗務員がお絞りを配る。続いて、飲み物を英語で尋ねてきた。
早速の試練、こちらが英語を聞き取れないとわかると口調がゆっくりになった。ジュースorティーと聞こえたので、ジュースと言ったら、今度はオレンジ、アポー(アップル)と聞こえたのでオレンジと答えると黄色の飲み物をコップに注いで手渡してくれた。紛れも無くオレンジジュースであった。その後、数回飲み物を配ってくれたが、オレンジジュースとアップルジュースを頼むのが精一杯でワゴンの上には、色々な飲物が用意されていたが・・・。今度は機内食の時間、またまた何を言っているのは判らない、しかし、ゆっくりと話してくれるとチキンorフィッシュと聞こえる様に成り、フィッシュを頼み、頂く事が出来た。
機内で英語のアナウンスで最後サンキューと言う言葉だけしか聞き取れない自分が情けなくなる。
しかし、時間は間違いなく進み、飛行機はシンガポール空港に15:30到着。
2007⁄06⁄14 22:47 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
来豪指南
昨年1月末、kはオ−ストラリヤに旅発って行った。半年位の予定のつもりと思っていたが何時の間にか1年の滞在計画になっている。
12月頃であったと思うが、一度オ-ストラリヤに来て、退職前から(退職後)の人生を豊かにするのに、違った世界を見て価値観を変えてみるといいのではと子供から誘いがあった。
その時は何を今更、異国で話す言葉も通じない所へ行き、海外の体験をするという考えは皆無であった。そのまま、時は流れ、今年、2月、1年間の滞在期間が切れて子供が帰国した。
1ヶ月ほど我が家にて過ごし、また、パースへ戻って行った。やり残した事をもう少しやってくるとの事。最初、行く時は、何の為になるのか、行っても大した事は無いとか・あまり若くのないからとかいろいろ言って出来れば行かないように話したが、今度は何も言わずに見送った。
子供が住んでいるところを見に行く親は多い。パースでの友達の親達が来たというメールが届く。4月に入り、会社の環境が変化し、気分が滅入る事が多くなったので、なにか変化を求める気持ちになり、オーストラリヤに行こうかなとメールする。
するとすぐに來豪指南が次から次に来る様になった。最初はパスポートさえ申請してくれば後は全部してくれると言う。その時はまだ、行くか行かないか五分五分の時であったが、パスポートが出来る。
航空券の申し込みをした事で後戻りは出来なくなった。その後も來豪指南のメールが続々と来る。 T/C(トラベラーズチェック)・海外旅行に行く時の保険・海外での宿泊は身分証明としてクレジットカードを見せる・入国カードのこと・持ち込み不可、添付ファイル参照のこと・旅行用グッズで貴重品を収めるもの・耳がわるいので事前に耳栓を買っておいた方がよいとか・運転するなら日本の免許証と国際免許証が必要・デジカメについては充電器(220V対応かを確認の上)、スマートメディアの予備・アルカリ電池の予備を4本以上持ってくると安全・キャリーケースはどこから借りるか等々、次から次へとメールが来た、
海外へ行くのは大変な事であると思い知らされる。ともかく、準備を終えて福岡空港からの出発を迎えた。オーストラリヤのパースへ向けて初めての海外旅行、すべてがお任せの一人旅が始まった。
2007⁄06⁄13 20:00 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
昨年1月末、kはオ−ストラリヤに旅発って行った。半年位の予定のつもりと思っていたが何時の間にか1年の滞在計画になっている。
12月頃であったと思うが、一度オ-ストラリヤに来て、退職前から(退職後)の人生を豊かにするのに、違った世界を見て価値観を変えてみるといいのではと子供から誘いがあった。
その時は何を今更、異国で話す言葉も通じない所へ行き、海外の体験をするという考えは皆無であった。そのまま、時は流れ、今年、2月、1年間の滞在期間が切れて子供が帰国した。
1ヶ月ほど我が家にて過ごし、また、パースへ戻って行った。やり残した事をもう少しやってくるとの事。最初、行く時は、何の為になるのか、行っても大した事は無いとか・あまり若くのないからとかいろいろ言って出来れば行かないように話したが、今度は何も言わずに見送った。
子供が住んでいるところを見に行く親は多い。パースでの友達の親達が来たというメールが届く。4月に入り、会社の環境が変化し、気分が滅入る事が多くなったので、なにか変化を求める気持ちになり、オーストラリヤに行こうかなとメールする。
するとすぐに來豪指南が次から次に来る様になった。最初はパスポートさえ申請してくれば後は全部してくれると言う。その時はまだ、行くか行かないか五分五分の時であったが、パスポートが出来る。
航空券の申し込みをした事で後戻りは出来なくなった。その後も來豪指南のメールが続々と来る。 T/C(トラベラーズチェック)・海外旅行に行く時の保険・海外での宿泊は身分証明としてクレジットカードを見せる・入国カードのこと・持ち込み不可、添付ファイル参照のこと・旅行用グッズで貴重品を収めるもの・耳がわるいので事前に耳栓を買っておいた方がよいとか・運転するなら日本の免許証と国際免許証が必要・デジカメについては充電器(220V対応かを確認の上)、スマートメディアの予備・アルカリ電池の予備を4本以上持ってくると安全・キャリーケースはどこから借りるか等々、次から次へとメールが来た、
海外へ行くのは大変な事であると思い知らされる。ともかく、準備を終えて福岡空港からの出発を迎えた。オーストラリヤのパースへ向けて初めての海外旅行、すべてがお任せの一人旅が始まった。
2007⁄06⁄13 20:00 カテゴリー:記録 comment(0) trackback(0)
ロットネスト アイランドの最西端 先はインドかアフリカ大陸

ジャンル:海外情報 テーマ:オーストラリア
2007⁄06⁄07 19:55 カテゴリー:旅の風景 comment(0) trackback(0)

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2007⁄06⁄07 19:55 カテゴリー:旅の風景 comment(0) trackback(0)
ロットネスト・アイランドにある二つの灯台の内の一つで石造りの灯台

ジャンル:海外情報 テーマ:オーストラリア
2007⁄06⁄04 22:00 カテゴリー:旅の風景 comment(0) trackback(0)

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2007⁄06⁄04 22:00 カテゴリー:旅の風景 comment(0) trackback(0)
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